2013年02月10日

「歴史博物館」個人誌改訂版発行時の後書き(1995)

『歴史博物館』は、平成5年(1993年)12月、テレビで太平洋戦争の特集を見ていた時に、戦争が今の私たちに与えている影響を描きたいなあ、と、ほこりをかぶっていた古いワープロ(初期のやつ)の『各行印字モード』で2日かけて『打ち出し』ました。このモードだと、文章データが残らないので、紙に書いたようになるのです。初版は横書きで両面コピーという、特殊な形態でした。たった九冊しかありません(笑)。
 今回の短編集には、『戦争が起こるかもしれない平和のはざまに立つ人間』がこの本で出てきます。これは私のように、戦争を『知らない』世代を指しています。私たちは後天的に戦争の恐ろしさを知っているので、『戦争』をこの短編集のような雰囲気で捉えているのではないか、と思うのです。
 たとえば阪神大震災が起こる前と今では、地震がもたらす恐怖がどういうものか、考え方が少しも変わっていない方は、ほとんどいないのではないでしょうか? だから、戦争を知っている方からみれば、(特に『血痕の日記』あたりで)こんなものではないぞと反論があがるかもしれません。でも、いくら言われても、私自身、これ以上深く学べないのです。戦争を、体験していないから。
 世界ではまだ戦争や殺りくが、ぼっ発しているところがあります。日本も最近の事件から恒久の平和が保証されなくなっている気もします。自分の身は自分でしか守れない……これも、考えざるをえません。でも、これから未来を夢見て大きくなる子どもたちは、彼・彼女たちよりたくさんの恐怖と喜び・楽しみを『知っている』私たちが、貧弱な腕かもしれないけれども優しく包みこんで守らなくてはならない、と思うのです。

 今年、(いわゆる日本での終戦から)50年になります。『歴史博物館』はこれにあわせて改訂発刊された、といってもいいでしょう。

#1995年7月16日の文章に改行などの改稿を入れています。
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歴史博物館


「ねえ、見て見て。あの時計」
「何々? 『これは空襲の時に止まってしまった懐中時計である。右側の同様の時計と比べてみれば、いかにそれが恐ろしいものであったかわかるだろう』って説明が書いてあるね」
「あんなにきれいな銀の時計が、ねえ」
「こんなにすすけちゃうんだね」

「ねえ、これ、茶色いのが血痕だって、この手帳」
「どれどれ? 日記……って書いてるね。『これは出撃を明日にひかえた若い突攻隊員である大学生が、自分の生き方に疑問をおぼえて自殺したことを証明する日記で、血痕がなまなましく残っている』って」
「怖いねえ」
「そうだね」

「ねえ、あれは? 木の枝」
「『戦火をくぐりぬけてきた木』だって。『空襲にあい、少し燃えてしまったが、つい最近まで生きていた。持ち主の同い年の女性が亡くなったと同時に、この木も枯れた』んだって」
「不思議だねえ」
「うん……」

「あ、もう出口だ」
「入り口にいたおじいさん、一人で見てるから、入場料もいらないし、そんなに広くないんだね」

「ねえ、これ見て。『さいごに』」
「ん? 『私達は、今戦争と平和のはざまに立っている。真の平和をもたらすためには、私達はさらに努力しなければならない』って。ふうん」
「今でも十分平和だと思うけどねえ」
「世界中が、平和になるように、考えてゆかないといけないんだねえ」

「……さあ、だいぶ時間が余ったねえ。映画見る前に、お昼食べても間に合いそうだよ」
「じゃあ、そうしようか。おじいさん、どうもありがとうございました」
「おもしろかったです。また機会があったら来ます……よーし、何食べよっかなあ」
「何にする? 私は、何でもいいよ」
「そうだねえ、『しゃぶしゃぶ』ってのは?」
「ええっ?」
「冗談だよ、あはは……」
「あはは……」
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おばあちゃんの木(1)

「この木はな、おばあちゃんと同い年なんだよ」
 私は孫の和夫にいつも話していた。和夫はいつも、
「じゃあ、『せんそう』も、知ってるんんだよね」
と答えてくれた。私はその後もきまってこう話した。
「そうだよ。この木は、空襲で少し後ろの方が焼け落ちてしまったけれど、まだ生きている。この木も、おばあちゃんも、戦争なんて二度としてはいけないことだ、そう思っているんだよ」

 優しい風が、私と和夫のもとへ赤く色付いた葉を運んで来てくれた。和夫はそれを取って、木に向かって、
「ありがとう、『おばあちゃんの木』さん。僕、絶対、大人になっても、『せんそう』反対って、言うからね」
と言った。私も木も、嬉しさを表情(かお)に出していた。

「しづ子おばあちゃん、ただいま。和夫、おみやげのゲーム、買って来たわよ」
「わあい、『世界大戦ゲーム』だ!」
 和夫は中に入って行った。私は目を細めて木を見た。木も私を見つめているようだった。
「私も貴方も、もうすぐおじいさんの、みんなのところへ行くんでしょうね」
 そうですね、とあの木がつぶやきに答えてくれたような気がした。

 それからしばらくして、私は自分の人生を終えた。もしも生まれ変わることができるなら、木になりたいと願っていたのが通じ、再び目を開くと、私は一本の木になっていた。
 ところがまわりの景色は、私の幼い頃と同じだった。木にはなれたが、またあの時代を体験せねばならないのかと思うと、自分は生き残ることがわかっていても、憂鬱にならずにはいられなかった。


 同い年のしづ子が、縁側に出てきた。
 私は風に指先をまかせた。風はしづ子のもとへ、私の小さな緑の分身を届けてくれた。
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血痕の日記


 僕と桂田は、熱っぽく語りあっていた。
「そもそも我々は、この世に生きる以上、五体すべてでそれに常に感謝しなければならぬ」
「そのとおりだ、同志」
 僕は桂田に意気を合わせる。桂田は、さらに語る。
「そして、自殺という行動は、まったくけしからん。あれは、今まで私は今日死ぬ為に生きてきましたと身をもって表現する極めて愚劣な行動である」
 僕は繰り返しうなづく。
 桂田とは、大学に入って真っ先に親友と呼びあうようになった。彼は素晴らしい思想を持っていた。たくさんの文学者や哲学者を知っていて、それらに自分なりの意見をきちんと話せる男だった。僕はいつもそれに感心し、少しは羨望も持っていた、とも思う。
 週に二回は、どちらかの下宿でこんな会話を交わしながら夜を明かした。まったく疲れは感じなかった。それよりも自分に活力が満ちあふれてくるようだった。
『桂田ノ話ニ感動スル。』
僕の日記には、たいていこう書かれていた。
 やがて僕も桂田も戦争に参加−−徴兵されることになった。

 先に死んだのは桂田だった。
 桂田以外にも同級生や家族が何人も死んでいた。心がどんどん削がれていくような気持ちの日々だった。
 僕も明日、特攻機に乗り込むことになっている。多分、生きては帰れないだろう。
 僕は日記を書いていた。
『桂田死ス。我モ明日出陣ス。我、何ノ為ニ生キル。』

『五体すべてでそれに常に感謝しなければならぬ』
 桂田の声が蘇った。僕は急に、何かに動かされているような生き方はしたくないと思った。僕が桂田に感銘したのは、桂田がはっきり彼自身の生き方を見せていたからではなかっただろうか。
 僕はとにかく自分の生き方を見せたいと思った。
「同志……」

 僕のとった行動は、桂田から見れば、そして僕も一度は賛成した、愚劣なものだった。しかし、自分の生き方を見せるのに、今の僕には、その力しか残っていなかった。

 血痕が広がる日記の上に、鉛筆を削るナイフがゆっくり転がった。
 どこまでそれが回って止まったか、僕は知らない。
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銀時計


(あのじいさん、ほんとに魔法使いだった)

 俺は1945と緑の数字が入った、古びた電卓を見てそう思った。俺は大学のレポートのネタが無くて一人で博物館に行って、館長のじいさんに話しかけられた。
『学生さん? わしは、魔法使いなんじゃ。この電卓に、魔法をかけて、時間旅行ができるようにしたんじゃが……ひとつ頼みをきいてはくれんかね。……
「1945」と打ち込んだ。この、[=(イコール)]のボタンを押して、着いた所で何かモノを1つ持って帰って来てくれんかね』
『はぁ』
 時間旅行はともかく、
『なんで何か持って帰って来るのさ』
『いや、この博物館に新しい展示品が欲しくてな』
『それってパクりじゃん、じいさんが行けばいいじゃないか』
『わしは、無理なんじゃ……』
 じいさんは少し寂しそうに言った。
 俺は仕方なしにその電卓をもらって、イコールのボタンを押して、1945年の日本らしき所に無事に着いて、それでじいさんは魔法使いかもしれないと思ったのだ。

 帰り方も聞いてあるので、あとは何か持って帰る物を探さないといけない。俺の姿はじいさんの魔法の電卓のおかげでこの時代の人には見えない。俺は砂利道を歩いて、近くに見えた家に入ってみた。
 居間らしい部屋に、小学生くらいの男の子が、円いテーブルに本を広げて読んでいた。テーブルの真ん中には、銀ぴかの懐中時計が置いてあった。
(あれは、)
 博物館の展示品にそっくりだった。
(おい、まさか……)
そこまで考えた時、サイレンが聞こえてきた。

『空襲警報発令!』
 今日、それが……俺は慌てて電卓を操作して、もとの時代へ戻ろうとした。最後のボタンを押そうとして、指を止めた。本を読んでいたあいつ、いつのまにか寝てやがる。おい、このままじゃ、おまえ家ごと燃えちまうぞ。
 いや、起こせたとしても。
 こいつはたぶん、助からない。確か、博物館での説明書きには、『空襲で焼け落ちた家から……その時間で止まっている……』
とかなんとか書いてあったはずだ。
……それなら、こいつを連れて帰れば。いや、それなら他の人たちはどうする? みんな、助からないし、連れて帰れない。

 俺は軽い気持ちでじいさんのわがままを聞いてしまったことを後悔した。久しぶりに目のあたりが熱くなった。

「じいさん」
 俺は現代の博物館に戻って真っ先にこう言った。
「俺は『他人』だから、この時計を持って帰って来れた。けどな、俺だってそこまで鈍感じゃないぞ。じいさん、”あいつ”とか、知ってるんだろ?」
 じいさんは俺の方を向かずに、ぽつりとしゃべった。
「そうじゃよ。わしはあの時代を生きていた。わしが行けば……『家族や仲間たち』とともに死んでいたじゃろう……」
 じいさんの言い訳の声がとぎれる。

 俺は時計を渡した。じいさんはそれを大切に深緑の布でくるんだ。その時計はあの展示品が指していた時刻を過ぎていたが、かちかちと動き続けていて、そんな音で俺とじいさんの距離を埋めようとしていた。
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posted by なみかわ at 19:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編集 歴史博物館