2013年01月27日

僕は僕らしく君は君らしく



<実存する虚像の”私”>

 たとえば、the Net をまったく知らなかったらどうなっただろうとか、
 the Net を自由に使えるのは一握りの人間だけで庶民には無縁だとしたら、
 あなたの人生(人格)は現在のものと変わっていたと思う?

 たぶん、ほとんどの人がうなづくと思う。そのケータイだって、
 持っていなかった時よりは何かが変わっているはずで。

 僕はそうなる前から、「なみかわ(*)」という物書きの虚像を「みさき(*)」
 という私(わたし)(*)の前に立てて生きてきた。

    (これは「二重人格(*)」ではない。
     「会社での自分」と「家庭での自分」が少し違うような感覚。)

 その虚像はぴったりと私にはりつき、私はなみかわで、物書きでいるのが
 当然だと思っていた。この「当然」は他人によると「異常」に見えるかも
 しれないが。

  私の学生時代のノートや教科書の名前は、9割「なみかわ」と
  書いてある。名刺は裏表で本名と芸名。落書きや雑文につけるサインも
  すべて「なみかわ」。などなど……
  外からインプットした情報は、すべて「なみかわ」という名前で
  アウトプットする。エッセイやら掲示板の書き込みまで、
  Submit(書き込み)した瞬間に「なみかわの著作物」になる
  ような感じで。もちろんこの文章だってそうだ。


 私はなみかわで、物書きでいるのが当然だと思っていた。
 私の周りには、なみかわという虚像があって、コトバもウゴキも、
 すべてそこを通って出入りしてゆくものだと思っていた。
 外からの視線は、なみかわを通して、私に届くと思っていた。

 でも、ある人びとが、私の思わくをぶっつぶした。


<なみかわに興味のない人びとが受け入れられる矛盾>

 私が「なみかわ」という人格を設定するよりも前からつきあっている
 幼なじみのみんなは、私を本名で呼ぶし、なみかわのことをあまり知らない。
「なみかわ」と持ち物に書くようになってから後の友達たちは、
 だいたい私を「物書き」と認識してくれているようだ。

 ところが最近、僕に興味がない人が何人かいることに気づいた。
 なみかわという皮をスルーして(通り抜けて)、
 私と交流しようとしているのだ。

 「僕は物書きをやっている」という情報を一度も伝えたことがない
  ならば、幼なじみのみんなのようになるだろうし、知っていたら
  何かしらのリアクションがあるはず……変なの書いてるなあ、
  あれはおもしろくかった、いっぺんホームページ見たで、
  日記読んだで、などなど……。

 新しい話が書けたとして、Web やメールマガジンで紹介しても、
 全く読まない。本を貸しても、手あかのないまま返って来る。
 それでも普通に、私に話をしてくる。

 私の方は、なみかわを「認識してくれない」不満が山積みになる一方で、
(それを話題に出さず)普通に会話する。

 これもおかしい話だ。自分の理想と、矛盾している。
 物書きを認めてくれない人と、平気でつきあえるのはどうして?


 はたして自分らしさとは何なのだろうか。
 自分がこうでありたいと思って行動することとは、違うのだろうか。

(つづく。)


----------
(*)の解説

1.なみかわ:
 波河海咲。奈良の物書き。1992年第2回海のメルヘン大賞(童話賞)を授賞、
 受賞作は1995年雑誌掲載の形で発表され、単行本化が待たれる。小説制作を
 中心に、テキストベースのWebテクノロジ研究、メールコミュニティ運営等、
 300以上の作品世界や企画を持っていて、日夜制作・発表中。

 ……って書くとなんかすごそうでカタイね。

2.みさき:
「なみかわ」は芸名だが「みさき」は本名と同じ(漢字は違うけど)。
「みさき」と呼ぶのはほんまに身内かすごい親友だけ。
 ですので文中の「みさき」は「私自身」としておく。

3.私(わたし):
 自分を「私」と呼ぶことはほとんどない。それは、いつも「なみかわ」と
 いう服をまとっているから。

4.二重人格:
 まんがでよくある陰陽きっちり逆のようなのは、はっきりしすぎ
 だと思ってます。


5.就職活動をしている:
 いちおう。理想はビートたけし氏のような、コメディアンであり映画監督で
 あるような二足のわらじタイプ。でもまだ、サラリーマン物書きを受け入れて
 くれるようなところは少ないか……?



--------
 つづき。

<ブロンズ像の思い出>


 僕の想像した物語か、夢で見たのか、判別のつかないできごとがある。
 なぜか今でも、リアルに思い出せる。


 たくさんの彫像−−というより、ブロンズねん土を固めて作った
「手」が並べられている、うす暗い教室、あるいは美術室のような場所。

 −−夕方頃か、遮光カーテンのせいで暗かったのか
 −−僕が何かの用事でたったひとりで入りこんでいて
 −−いくつか、手をかたどったそれに温かい自分の手をはわせた。

 鉄に近い冷たさがしみこんできた。
 ぎこちない握手をしかけて、「相手」の指を一本つかんだ。
 ゆっくり、ゆっくりと、力をこめた。
 指は、音なく根本で折れた。
 僕はいくつかの手のいくつかの指を、コツンコツンと折っていた。

 これが本物の指だったらば
 −−前までは、それだけしか考えていなかった。
 自分が何かで折れたとしても、そこだけくっつけて
「折れやすいから触らんといてな」と言っただろう。


 あの指や手は、僕だったのだ。


 僕は壊されないように、力のこもった「腕」に遭遇しないように、
「腕」の届く範囲に踏みこまないように、目に見えないうちから走って
 逃げていた。

 個性や生き方(スタイル)に対しても同じように、
 一度「こんな感じにしよう」と決めて、それが心地のよいものだったらば、
 あとは細かいバリ取りだとかヤスリかけに時間を割くばかりで、
 なかなか全体的に直そうと
 −−最初から考え直したりするようなことをしてこなかった。



<僕は僕らしく君は君らしく>


 人は変わってゆくものだ。

 変わらなきゃ、と言っていたイチローさんも、海の向こうへ行ってしまった。
 友達はタバコの本数が増えた。他の友達は英会話をはじめた。じゃあ、僕は?

 わかってきたのは、the Net を利用するのも手段のひとつであり、
 the Net 自体が何かを変えてくれるのではなく、
 そこを通ってくる情報によって、自分に思考の機会が増えて、
 自分を変えてゆく(または、実りある日々にしてゆく)ということ。

 いわゆる「依存症」というのは、その区別がつけられなくて できた
 こころのくすみなのかもしれない。

 そして僕は、とにかく書くことで自分をより自分らしく変えていこうと
 思った。だから、(たぶん)今までの何倍もたくさん書いてみた。

 実際に、書き尽くしたノートが増えていくにつれて、そして山のように
 印刷したテキストがたまるにつれて、あの日の問題が解けていくような
 気がした。−−虚像はだいぶん「解体」されてきた。自分の理想を
 前に立てなくても、今生きているだけでよかったんだ。


 あと数年でデスクトップ・パソコンはなくなるだろう、という予想も
 ある。いまのケータイやPalm の普及度を見ていれば、まったくありえない
 話でもないだろう。あんまり難しい操作をしなくても、そしてテキスト
 だけでなく、声や画像がもっともっと楽にやりとりできるようになる
 だろう。

 伝えたいと思った時に、何かを伝えられる環境が整った時。
 デジタルとアナログの交差点にいる人たちは、
 それぞれの目的地へと歩き出せるはずだ。

 自分らしく生きることは、それまで待たなくても、いつからでも、
 今からでもできる。もうすぐ出会うだろう人を思いながら、
 僕は僕らしく、君は君らしく、いられたら。


(おわり)
タグ:2000
posted by なみかわ at 23:32| Comment(0) | TrackBack(0) | D←→A 2nd Edition
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