2016年12月10日

はじめに − 骨折をしたこと

 空と地面がぐるり、と反対になって、戻った。
 どしん、と、ぼきり、という音が聞こえた。
 痛い、痛い、体中が痛くて、わんわん泣いた。

 いつもは通り過ぎるだけの救急車が、ボクの前で止まって、サイレンを消した。
「ボク、大丈夫だよ、さあ病院へ行こうな」
 大きな、おじさんの手が、ボクを『たんか』に乗せて、車の中へと運ぶ。
 後ろのとびらが閉まるちょっと前に、ボクの自転車が−−前カゴがぐちゃぐちゃになっ
 て、まがってしまったボクの自転車が見えた。あっ、ワールドバトラーズのカード! 
 全部、拾ってくれるの?

「バタン」

* * *

 ボクは曲がり角を「左」に行こうとして、右から来る車に気がつかなかった。その車を
 追い越したバイクが目の前を通って、ボクがびっくりしてハンドルをふらふらさせた時
 に、車があらわれて……ぶつかってしまった、というわけだ。

 ボクは救急車で、市民病院に運ばれて、右腕にぐるぐる包帯を巻かれた。骨折、したの
 だ。お母さんは、ボクを見つけたとき、へたりと座りこんでしまった。さっき乾きかけ
 ていたほっぺたが、またちょっと涙でぼろぼろしてきた。

 なんかマンガとかで、骨折してギブスをつけて来ると、カッコイイみたいなことを書い
 てたような気もするんだけど、今はただ痛かった。自転車も、お父さんがいつもパンク
 とかチェーンとか直してくれてたのにボロボロになったし、それに、大事なカードや、
 カバンとか……。痛いことばっかりだ。

「これから毎週、二条医院で」

 お母さんと市民病院のお医者さんが、何か話していた。二条医院っていうのは、いつも
 風邪をひいたときに行く病院。たぶんこれからそこへ行くんだろうな。−−ガラスに、
 白い包帯が目立つボクがじっとボクを見ていた。ふうっと息をかけて、顔のあたりをぼ
 んやりさせてやった。

* * *

 夜、ごはんは左手で、スプーンで食べた。いつもは、ごはんの時は『ドラゴンバトラー』
 とかテレビは見ちゃだめって言うのに、お母さんはテレビをそのままにしてくれていた。
 お父さんは帰ってきてすぐに、「ひかる、大丈夫か」って頭をなでてくれた。

 そのあと、シンイチロウから電話がかかってきた。そう、あのカード。シンイチロウと
 交換するつもりだったんだ。でも真っ先に「ひかる生きてるか?!」って言われた。
 「カードなんかどうでもいいねん。おまえが死んだらどないしようって−−んでもカー
 ドが破れてないほうがええけどなごめん」だって。
 シンイチロウには、カードは月曜にまた持って行くって言った。

* * *

 次の日は土曜日で−−、ボクはお母さんと『二条医院』に行った。いつも行く二条医院
 の隣の病院だった。二条医院が二つ?

 ボクの向かいでは、「二条先生」が、右手のことについて話してくれた。
 風邪をひいたときにみてもらう「二条先生」はこの人のお父さんだそうだ。−−それで
 二条医院がふたつあるらしい。
 こっちの二条先生は、ときたま、眼鏡をゆらしながら、ひょろひょろと笑って、それが
 おもしろいんだけど、ボクは右手がひきつった感じがして、目をぱちぱちさせるだけに
 なった。
「ひかる君の右手の、レントゲン写真を見るとね」
 ぺらぺらの黒い紙を、白い壁にはりつけて、スイッチを入れると、そこに骨だけの手が
 浮かび上がった。
「ここが、折れちゃったんだ。でも、1ヶ月くらいでもとに戻る」
 緑のボールペンで、くるくる円を描いて説明してくれた。……ボクの腕って、こうなっ
 てるんだ、と、写真と腕を見比べた。
「それで、1週間に一度、ここに来て、腕を見せに来てほしい−−もちろん手のことも診
察するけど、話をしてほしいんだ」
「話?」
「うん。僕は、病気やケガをした患者さんに、早く治るように、話をしたりするんだ。薬
を出すこともある。ひかる君が一週間の間に感じた、良かったこととか、いやなこととか
を、話してほしいんだ」
 二条先生とは、次の土曜日にまた病院へ来ることを約束した。

* * *

 ボクはお母さんと、河原の道をてくてく歩いて帰った。夕日が後ろにあって、ボクらの
 影が長く伸びていた。
「お母さん、自転車は……やっぱり、ダメかなあ?」
「うーん。カゴを付け替えるだけで大丈夫かどうか、お父さんにきかないとねえ……」
 でも、自転車がすぐになおっても、右手がこんなだったら、乗って遊びに行ったりはで
 きないだろうなあ。
 バイクとかが通り過ぎて行って、そのときひさしぶりに、ボクは左手でお母さんの手を
 つかんでいた。



posted by なみかわ at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | ボクの右腕 My Lovin RIGHT
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