空と地面がぐるり、と反対になって、戻った。
どしん、と、ぼきり、という音が聞こえた。
痛い、痛い、体中が痛くて、わんわん泣いた。
いつもは通り過ぎるだけの救急車が、ボクの前で止まって、サイレンを消した。
「ボク、大丈夫だよ、さあ病院へ行こうな」
大きな、おじさんの手が、ボクを『たんか』に乗せて、車の中へと運ぶ。
後ろのとびらが閉まるちょっと前に、ボクの自転車が−−前カゴがぐちゃぐちゃになっ
て、まがってしまったボクの自転車が見えた。あっ、ワールドバトラーズのカード!
全部、拾ってくれるの?
「バタン」
* * *
ボクは曲がり角を「左」に行こうとして、右から来る車に気がつかなかった。その車を
追い越したバイクが目の前を通って、ボクがびっくりしてハンドルをふらふらさせた時
に、車があらわれて……ぶつかってしまった、というわけだ。
ボクは救急車で、市民病院に運ばれて、右腕にぐるぐる包帯を巻かれた。骨折、したの
だ。お母さんは、ボクを見つけたとき、へたりと座りこんでしまった。さっき乾きかけ
ていたほっぺたが、またちょっと涙でぼろぼろしてきた。
なんかマンガとかで、骨折してギブスをつけて来ると、カッコイイみたいなことを書い
てたような気もするんだけど、今はただ痛かった。自転車も、お父さんがいつもパンク
とかチェーンとか直してくれてたのにボロボロになったし、それに、大事なカードや、
カバンとか……。痛いことばっかりだ。
「これから毎週、二条医院で」
お母さんと市民病院のお医者さんが、何か話していた。二条医院っていうのは、いつも
風邪をひいたときに行く病院。たぶんこれからそこへ行くんだろうな。−−ガラスに、
白い包帯が目立つボクがじっとボクを見ていた。ふうっと息をかけて、顔のあたりをぼ
んやりさせてやった。
* * *
夜、ごはんは左手で、スプーンで食べた。いつもは、ごはんの時は『ドラゴンバトラー』
とかテレビは見ちゃだめって言うのに、お母さんはテレビをそのままにしてくれていた。
お父さんは帰ってきてすぐに、「ひかる、大丈夫か」って頭をなでてくれた。
そのあと、シンイチロウから電話がかかってきた。そう、あのカード。シンイチロウと
交換するつもりだったんだ。でも真っ先に「ひかる生きてるか?!」って言われた。
「カードなんかどうでもいいねん。おまえが死んだらどないしようって−−んでもカー
ドが破れてないほうがええけどなごめん」だって。
シンイチロウには、カードは月曜にまた持って行くって言った。
* * *
次の日は土曜日で−−、ボクはお母さんと『二条医院』に行った。いつも行く二条医院
の隣の病院だった。二条医院が二つ?
ボクの向かいでは、「二条先生」が、右手のことについて話してくれた。
風邪をひいたときにみてもらう「二条先生」はこの人のお父さんだそうだ。−−それで
二条医院がふたつあるらしい。
こっちの二条先生は、ときたま、眼鏡をゆらしながら、ひょろひょろと笑って、それが
おもしろいんだけど、ボクは右手がひきつった感じがして、目をぱちぱちさせるだけに
なった。
「ひかる君の右手の、レントゲン写真を見るとね」
ぺらぺらの黒い紙を、白い壁にはりつけて、スイッチを入れると、そこに骨だけの手が
浮かび上がった。
「ここが、折れちゃったんだ。でも、1ヶ月くらいでもとに戻る」
緑のボールペンで、くるくる円を描いて説明してくれた。……ボクの腕って、こうなっ
てるんだ、と、写真と腕を見比べた。
「それで、1週間に一度、ここに来て、腕を見せに来てほしい−−もちろん手のことも診
察するけど、話をしてほしいんだ」
「話?」
「うん。僕は、病気やケガをした患者さんに、早く治るように、話をしたりするんだ。薬
を出すこともある。ひかる君が一週間の間に感じた、良かったこととか、いやなこととか
を、話してほしいんだ」
二条先生とは、次の土曜日にまた病院へ来ることを約束した。
* * *
ボクはお母さんと、河原の道をてくてく歩いて帰った。夕日が後ろにあって、ボクらの
影が長く伸びていた。
「お母さん、自転車は……やっぱり、ダメかなあ?」
「うーん。カゴを付け替えるだけで大丈夫かどうか、お父さんにきかないとねえ……」
でも、自転車がすぐになおっても、右手がこんなだったら、乗って遊びに行ったりはで
きないだろうなあ。
バイクとかが通り過ぎて行って、そのときひさしぶりに、ボクは左手でお母さんの手を
つかんでいた。
2016年12月10日
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