2013年02月10日

銀時計


(あのじいさん、ほんとに魔法使いだった)

 俺は1945と緑の数字が入った、古びた電卓を見てそう思った。俺は大学のレポートのネタが無くて一人で博物館に行って、館長のじいさんに話しかけられた。
『学生さん? わしは、魔法使いなんじゃ。この電卓に、魔法をかけて、時間旅行ができるようにしたんじゃが……ひとつ頼みをきいてはくれんかね。……
「1945」と打ち込んだ。この、[=(イコール)]のボタンを押して、着いた所で何かモノを1つ持って帰って来てくれんかね』
『はぁ』
 時間旅行はともかく、
『なんで何か持って帰って来るのさ』
『いや、この博物館に新しい展示品が欲しくてな』
『それってパクりじゃん、じいさんが行けばいいじゃないか』
『わしは、無理なんじゃ……』
 じいさんは少し寂しそうに言った。
 俺は仕方なしにその電卓をもらって、イコールのボタンを押して、1945年の日本らしき所に無事に着いて、それでじいさんは魔法使いかもしれないと思ったのだ。

 帰り方も聞いてあるので、あとは何か持って帰る物を探さないといけない。俺の姿はじいさんの魔法の電卓のおかげでこの時代の人には見えない。俺は砂利道を歩いて、近くに見えた家に入ってみた。
 居間らしい部屋に、小学生くらいの男の子が、円いテーブルに本を広げて読んでいた。テーブルの真ん中には、銀ぴかの懐中時計が置いてあった。
(あれは、)
 博物館の展示品にそっくりだった。
(おい、まさか……)
そこまで考えた時、サイレンが聞こえてきた。

『空襲警報発令!』
 今日、それが……俺は慌てて電卓を操作して、もとの時代へ戻ろうとした。最後のボタンを押そうとして、指を止めた。本を読んでいたあいつ、いつのまにか寝てやがる。おい、このままじゃ、おまえ家ごと燃えちまうぞ。
 いや、起こせたとしても。
 こいつはたぶん、助からない。確か、博物館での説明書きには、『空襲で焼け落ちた家から……その時間で止まっている……』
とかなんとか書いてあったはずだ。
……それなら、こいつを連れて帰れば。いや、それなら他の人たちはどうする? みんな、助からないし、連れて帰れない。

 俺は軽い気持ちでじいさんのわがままを聞いてしまったことを後悔した。久しぶりに目のあたりが熱くなった。

「じいさん」
 俺は現代の博物館に戻って真っ先にこう言った。
「俺は『他人』だから、この時計を持って帰って来れた。けどな、俺だってそこまで鈍感じゃないぞ。じいさん、”あいつ”とか、知ってるんだろ?」
 じいさんは俺の方を向かずに、ぽつりとしゃべった。
「そうじゃよ。わしはあの時代を生きていた。わしが行けば……『家族や仲間たち』とともに死んでいたじゃろう……」
 じいさんの言い訳の声がとぎれる。

 俺は時計を渡した。じいさんはそれを大切に深緑の布でくるんだ。その時計はあの展示品が指していた時刻を過ぎていたが、かちかちと動き続けていて、そんな音で俺とじいさんの距離を埋めようとしていた。
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おばあちゃんの木(2)

 同い年のしづ子が、縁側に出てきた。
 私は風に指先をまかせた。風はしづ子のもとへ、私の小さな緑の分身を届けてくれた。
 時代は向かってはならぬ方へ確実に進んでいることを私は知っていた。その結末も、すべて。
 しかし私はどうすることもできなかった。私は一本の木であり、口も、進化した指先も持ちあわせてはいなかった。

 やがて、紅い夜がやってきた。
 熱い夜だった。
 頭のはるか上で、黒い鉄の鳥達が糞を落としてゆく。人々の魂がひとつ、またひとつと空へ消えてゆく。

「しづ子!この手を離したらいかんよ!」
「おかあちゃん!」
しづ子と母が、家を飛び出した。無事に逃げのびることを祈った。その結末を知っていても、祈らずにはいられなかった。

 まわりを見回した。地獄だった。
 私はいつしか、意識のすべてで叫んでいた。

『やめてくれ、やめておくれよ、鉄の鳥達。
 もうこれ以上、大地を焦がすのはやめておくれ。
 何の為に、おまえ達は戦争をするんだい。あたしはみんな知ってるよ。

 結局戦争は、骨しか残らないんだ。たくさんの命が消えても、誰も幸せになれないんだ。確かにあと半世紀もすれば、一応落ち着くだろうけど、それは時代も人間も生まれ変わっただけのこと。戦争は、誰も幸せになんかしないんだ。

 ああ、おやめよ、銃剣を持って走ってゆく若者よ。
 おまえひとりの力では、どうにもならないんだよ。
……私に口が、あったなら……』

 背中の後ろで竹を割ったような音がした。熱さから炎が迫って来ていることがわかった。
 しかし私はどうすることもできなかった。
 その結末を知っていたから、私は静かに目を閉じた。
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2013年01月27日

僕は僕らしく君は君らしく



<実存する虚像の”私”>

 たとえば、the Net をまったく知らなかったらどうなっただろうとか、
 the Net を自由に使えるのは一握りの人間だけで庶民には無縁だとしたら、
 あなたの人生(人格)は現在のものと変わっていたと思う?

 たぶん、ほとんどの人がうなづくと思う。そのケータイだって、
 持っていなかった時よりは何かが変わっているはずで。

 僕はそうなる前から、「なみかわ(*)」という物書きの虚像を「みさき(*)」
 という私(わたし)(*)の前に立てて生きてきた。

    (これは「二重人格(*)」ではない。
     「会社での自分」と「家庭での自分」が少し違うような感覚。)

 その虚像はぴったりと私にはりつき、私はなみかわで、物書きでいるのが
 当然だと思っていた。この「当然」は他人によると「異常」に見えるかも
 しれないが。

  私の学生時代のノートや教科書の名前は、9割「なみかわ」と
  書いてある。名刺は裏表で本名と芸名。落書きや雑文につけるサインも
  すべて「なみかわ」。などなど……
  外からインプットした情報は、すべて「なみかわ」という名前で
  アウトプットする。エッセイやら掲示板の書き込みまで、
  Submit(書き込み)した瞬間に「なみかわの著作物」になる
  ような感じで。もちろんこの文章だってそうだ。


 私はなみかわで、物書きでいるのが当然だと思っていた。
 私の周りには、なみかわという虚像があって、コトバもウゴキも、
 すべてそこを通って出入りしてゆくものだと思っていた。
 外からの視線は、なみかわを通して、私に届くと思っていた。

 でも、ある人びとが、私の思わくをぶっつぶした。


<なみかわに興味のない人びとが受け入れられる矛盾>

 私が「なみかわ」という人格を設定するよりも前からつきあっている
 幼なじみのみんなは、私を本名で呼ぶし、なみかわのことをあまり知らない。
「なみかわ」と持ち物に書くようになってから後の友達たちは、
 だいたい私を「物書き」と認識してくれているようだ。

 ところが最近、僕に興味がない人が何人かいることに気づいた。
 なみかわという皮をスルーして(通り抜けて)、
 私と交流しようとしているのだ。

 「僕は物書きをやっている」という情報を一度も伝えたことがない
  ならば、幼なじみのみんなのようになるだろうし、知っていたら
  何かしらのリアクションがあるはず……変なの書いてるなあ、
  あれはおもしろくかった、いっぺんホームページ見たで、
  日記読んだで、などなど……。

 新しい話が書けたとして、Web やメールマガジンで紹介しても、
 全く読まない。本を貸しても、手あかのないまま返って来る。
 それでも普通に、私に話をしてくる。

 私の方は、なみかわを「認識してくれない」不満が山積みになる一方で、
(それを話題に出さず)普通に会話する。

 これもおかしい話だ。自分の理想と、矛盾している。
 物書きを認めてくれない人と、平気でつきあえるのはどうして?


 はたして自分らしさとは何なのだろうか。
 自分がこうでありたいと思って行動することとは、違うのだろうか。

(つづく。)


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(*)の解説

1.なみかわ:
 波河海咲。奈良の物書き。1992年第2回海のメルヘン大賞(童話賞)を授賞、
 受賞作は1995年雑誌掲載の形で発表され、単行本化が待たれる。小説制作を
 中心に、テキストベースのWebテクノロジ研究、メールコミュニティ運営等、
 300以上の作品世界や企画を持っていて、日夜制作・発表中。

 ……って書くとなんかすごそうでカタイね。

2.みさき:
「なみかわ」は芸名だが「みさき」は本名と同じ(漢字は違うけど)。
「みさき」と呼ぶのはほんまに身内かすごい親友だけ。
 ですので文中の「みさき」は「私自身」としておく。

3.私(わたし):
 自分を「私」と呼ぶことはほとんどない。それは、いつも「なみかわ」と
 いう服をまとっているから。

4.二重人格:
 まんがでよくある陰陽きっちり逆のようなのは、はっきりしすぎ
 だと思ってます。


5.就職活動をしている:
 いちおう。理想はビートたけし氏のような、コメディアンであり映画監督で
 あるような二足のわらじタイプ。でもまだ、サラリーマン物書きを受け入れて
 くれるようなところは少ないか……?



--------
 つづき。

<ブロンズ像の思い出>


 僕の想像した物語か、夢で見たのか、判別のつかないできごとがある。
 なぜか今でも、リアルに思い出せる。


 たくさんの彫像−−というより、ブロンズねん土を固めて作った
「手」が並べられている、うす暗い教室、あるいは美術室のような場所。

 −−夕方頃か、遮光カーテンのせいで暗かったのか
 −−僕が何かの用事でたったひとりで入りこんでいて
 −−いくつか、手をかたどったそれに温かい自分の手をはわせた。

 鉄に近い冷たさがしみこんできた。
 ぎこちない握手をしかけて、「相手」の指を一本つかんだ。
 ゆっくり、ゆっくりと、力をこめた。
 指は、音なく根本で折れた。
 僕はいくつかの手のいくつかの指を、コツンコツンと折っていた。

 これが本物の指だったらば
 −−前までは、それだけしか考えていなかった。
 自分が何かで折れたとしても、そこだけくっつけて
「折れやすいから触らんといてな」と言っただろう。


 あの指や手は、僕だったのだ。


 僕は壊されないように、力のこもった「腕」に遭遇しないように、
「腕」の届く範囲に踏みこまないように、目に見えないうちから走って
 逃げていた。

 個性や生き方(スタイル)に対しても同じように、
 一度「こんな感じにしよう」と決めて、それが心地のよいものだったらば、
 あとは細かいバリ取りだとかヤスリかけに時間を割くばかりで、
 なかなか全体的に直そうと
 −−最初から考え直したりするようなことをしてこなかった。



<僕は僕らしく君は君らしく>


 人は変わってゆくものだ。

 変わらなきゃ、と言っていたイチローさんも、海の向こうへ行ってしまった。
 友達はタバコの本数が増えた。他の友達は英会話をはじめた。じゃあ、僕は?

 わかってきたのは、the Net を利用するのも手段のひとつであり、
 the Net 自体が何かを変えてくれるのではなく、
 そこを通ってくる情報によって、自分に思考の機会が増えて、
 自分を変えてゆく(または、実りある日々にしてゆく)ということ。

 いわゆる「依存症」というのは、その区別がつけられなくて できた
 こころのくすみなのかもしれない。

 そして僕は、とにかく書くことで自分をより自分らしく変えていこうと
 思った。だから、(たぶん)今までの何倍もたくさん書いてみた。

 実際に、書き尽くしたノートが増えていくにつれて、そして山のように
 印刷したテキストがたまるにつれて、あの日の問題が解けていくような
 気がした。−−虚像はだいぶん「解体」されてきた。自分の理想を
 前に立てなくても、今生きているだけでよかったんだ。


 あと数年でデスクトップ・パソコンはなくなるだろう、という予想も
 ある。いまのケータイやPalm の普及度を見ていれば、まったくありえない
 話でもないだろう。あんまり難しい操作をしなくても、そしてテキスト
 だけでなく、声や画像がもっともっと楽にやりとりできるようになる
 だろう。

 伝えたいと思った時に、何かを伝えられる環境が整った時。
 デジタルとアナログの交差点にいる人たちは、
 それぞれの目的地へと歩き出せるはずだ。

 自分らしく生きることは、それまで待たなくても、いつからでも、
 今からでもできる。もうすぐ出会うだろう人を思いながら、
 僕は僕らしく、君は君らしく、いられたら。


(おわり)
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想像らせん構造


:                   表情で、動作で、いきづかいで。
:             相手の存在を確かめることに慣れた僕たちは、
:         テキストだけの世界で、めいっぱい頭を回転させても、
:        書き手の肩の「かたち」すら わからなくなってしまった。


<ネット上に「人格」を生む>

 僕は女性です。
 いや、まじで。

 それでも、ホームページやメールマガジンや、あちこちの掲示板で
「僕」と言い、さらに関西風な言い回しをしていれば(女の子らしい
 言葉遣いでなければ)、いざ写真を見た時に、モニタの前でびっくり
 されても無理はない。

  ちなみに、普段でもプライベイトな時は、めったに「ワタシ」なんて
  言わない。俺、僕、おいら−−ふるさとの親が聞いたら卒倒しそうな
  言葉の悪さだ。


 ネットの世界(インターネット・パソコン通信・草の根ネット)では、
 自分を称する文字列「ハンドル」(*)の使い方、そして書き込む文章の
「言葉の使い回し」しだいで、自身の姿をたやすく「ねじ曲げる」
 ことができる。

 全く違う風ぼうに化けることも、逆に普段学校や会社で見せないような
 なにもまとわない「素(す)」をさらけ出すこともできる−−
 相手にシカケのついた眼鏡を渡すように。

 そのギャップをどう扱ってどう楽しむかは、ハンドルの使い手に
 すべてゆだねられている。

「波河さんって、女の人だったんですね」といったメールを、
 今でももらうし、オフで「会うのははじめまして」とあいさつしたら、
「女性だったんですか」と言われることもよくあった。もしかしたら僕も、
 そういう周囲の反応に 痛快感を覚えているのかもしれない。



<トビラは開け放たれたまま>

「インターネット」では、完全に「自分しか見られないように」情報を
 隠ぺい(いんぺい)することは「不可能」である。
 はじめてホームページを作る人、メールを出す人、
 そしてそれらを手ほどきする人(*)は特に、
 この「あたりまえのこと」を知っておいてほしい。

  UNIX 系の コマンドで、「権限」を決める chmod(*)というのがある。
  これは、自分やグループ(同じサーバの人)・他人(世界中の人)に
  対してファイルを「読めるようにするか」「書けるようにするか」
 「実行できるようにするか」を選択できるのだ。

  けれどもこれで自分にしか読み書きできないように設定したと
  しても、(chmod 700 filename...)見ようと思えば「誰でも」
  のぞくことができてしまう。
  サーバの管理者ならば必要があれば(*)ファイルをオープンできるし、
  もしも管理者のパスワードが誰かに暴かれてしまえば、「誰でも」と
  なるわけだ。

 鍵(パスワード)をかければ、と思うかもしれない。
 ただそれは、中を見られるまでの時間を延ばすための手段でしかない。
 100文字以上のパスワードがかかっていたとしても、
 いつかきっと「ばれてしまう」(*)。

 トビラはいつも、開け放たれたまま、なのである。

 ホームページに書いた文章を見に来るのは、期待しているような
 友だちや親戚ばかりではない。ネットサーフィンの果てに、リンクの
 リンクの、そのまたリンクをたどってやって来た人が、ちょっとだけ
 見て二度と来ないこともある。

 個人のホームページで最も多いトピック、
 自己紹介(プロフィール)や日記、趣味の話は、好きなことを好きなだけ
 書けるから、ひとことメモにする人から、何から何までを詳細に記す人
 だっている。

 それらを読む僕らは、気づかないうちに、敷居(しきい)を踏み越えて、
「個人領域」(プライバシー)に出入りしているのだ。



<想像らせん構造>

 ネットの世界は、電子的ファイルだけで構築された想像の世界に
 とても近い。会ったことのある友だちが一人はいるだろうから、
「あの人が書いたメール」というリアリティ(現実感)と存在感が
(ネットの世界を)本物にしている。
「このメールも、ホームページも、機械が勝手に作ったものなんですよ」と
 言われても、まず信じないだろう。

 ネットの世界で仲良くなってきた人と、メールで少し「重い」話を
 交わしたことはないだろうか。顔を会わせては言い出しにくいことが
 どんどんあふれ出たことは? 悩み事でも、怒りの言葉でも。
 ここでは、僕らの思いも気持ちも、知らぬまに簡単にえぐりだす。

 テキストの羅列(られつ)にも感じる、星の数ほどの日記や掲示板、雑文。
 作り手の気持ちがこもったデータが、はりめぐらされたケーブルを
 いつまでも、どこまでもかけめぐる。

 おもしろい文章に出会ったとする。悲しい物語に出会ったとする。
 これらのデータは、どこまで利用しても−−
 アナロジスティック(Analog-istic)な感情とリンクさせて、
 笑ったり泣いたりしてもいいのだろうか?
 ゆくあてのない不思議な気持ちもまた、意識の中をめぐっていると思う。


 さて僕は今回、ひとつわざと嘘をついた。
 探してみるか、そのままにしておくか−−。


−−−−−
(*)の解説

1.ハンドル:
 パソコン通信時代の言葉。自分の存在をネットのなかで決定する呼称。

2.それらを手ほどきする人:
 パソコン教室の講師から、学校の先生まで、教える側に立つ人すべて。
 はじめてホームページを作るときに、誰でも見られることを説明して
 おかないと、住所や電話番号を平気で書く人がいる。さらにそれらが
 メタサーチ(「Google」など)で引っかかるのだ(^^;
 あとは講習機関が終わって更新することがないのであれば、すぐに
 削除してほしい。

3.必要があれば:
 よっぽどのことがない限り管理者がデータを見ることはあり得ない。

4.いつかきっと「ばれてしまう」:
 パスワードを解析するのに1万回試さなければならないとしても、1回に
 1秒かかるのならば167分で解けてしまう−−高性能なコンピュータ、
 つまりあなたが今使っている機械でも十分可能なのだ、1万回試すソフトや
 プログラムを持っていて、その気になれば−−。
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posted by なみかわ at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | D←→A 2nd Edition

スルー・ザ・ウインドウ


:                   携帯電話の液晶画面やら、
:                デスクトップ・マシンのモニタ。
:        今開いている「ウインドウ」からは、何が見える?



 卒業式は、さみしいものだと思っていた。その日を境に、みんながそれぞれバラバラに
なるからだ−−かっこよく言えば自分の道を進むために旅立ち、毎日会うことはなくなる。
 中学生の時はかなり泣いたし、高校の時も心のなかがスカスカした。大学の時は考え方も
大人びてきて、「あーあ今日で終わりかー」とつぶやけるようになっていた……はずだった。
 そういえば、ゼミのみんなにはメール・アカウント(*)があるし、手帳にはサークル仲間の
「ケータイ」番号が書いてある。何かあったらこれで連絡を取ろうっと。
……なんて思って寂しさをあまり感じなかった。時は1998年。みんなが会社や学校や家で
パソコンにふれるようになって、メールをやりはじめたり、携帯電話と PHS が普及しだした
頃でもあった。

 かくして、僕は卒業後数年経っても、大学の友人と「ネット上」や「携帯電話」で
雑談していた。みんなも、2、3年くらい一度も会っていない人をメールや掲示板(*)で
対話しているから、『よく喋る友達』のひとりとして数えていることはないだろうか。
『ウインドウ』(画面・画像)を通した「つきあい」は、個人−−個人間だけではなく、
会社の中でも、学校の同窓会全体でも広がっている。『ゆびとま(*)』の登録者は、
100万人を超えている。僕も母校出身者のメーリングリストを運営している。
そこで交わされるメッセージは、あの日同じ学校にいた頃の「会話」と何も違わない。


 インターネットを経由した交流が「デジタル」だとしたら、携帯電話やPHSによる
コミュニティは「アナログ」と言える。「電話」は押せば使えるから、(パソコンは起動させて、
いろいろやらないといけないが!)もうひとり1台の時代に突入している。
「電話」でもインターネットと同じようにデータが飛び交っているが、会話データのログ
(記録)は留守番電話あたりでしか取れないし、手が放せなくても後からまとめて聞く
ことはできない。そのあたりがアナログらしいと思う。

 携帯電話からインターネットにつながる「iモード(*)」は、デジタルとアナログが
融合しているような感覚を、僕らが歓迎したからこそブレイクしすぎて、サービス提供当時は
システムがパンクしてしまった(*)のだろう。

「ゲームボーイカラー」や「ゲームボーイアドバンス(*)」、「ワンダースワン(カラー)」
といった携帯ゲーム機械でも、「電話」をつなぐことによってインターネットに接続
できるようになった。「iモード」の携帯電話と「プレイステーション」がつながるという
コマーシャルも放送されていた。これは、誰でも(年齢や技能の差なく)、簡単に
「デジタル」の交流ができることを意味するのだ。

 同窓会ほどかしこまらずに、よく僕は高校時代の仲間と会って、鍋を作って食べたり、
だらだら喋ったりして楽しい時間を過ごすことがある。ある時、集まったメンバー全員が
自分の携帯電話を持っていた。並べて遊んだり、インターネットの話をしたりしていた。

 もちろん、顔をあわせて−−仲間の笑顔を見ている方がずっと楽しかった。


#2000/04/29, 2001/05/05, 2003/06/19
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(*)の解説

1.メール・アカウント:
 ここでは、(ホームページやメールを利用する)
 サーバの「権限」をさす。アカウント(権限)があれば、
 そのサーバを通してのメール送受信やホームページ作成が可能。
 みなさんはたぶん月いくらかをプロバイダに払って、アカウントを
 もらっているはず。

2.掲示板:
 ホームページでメッセージが読み書きできる場所。BBS、ゲストブック、
 とも呼ばれる。雑談から重要な情報発信用としても利用される。
  個人で開設するためには、「掲示板サービス」を利用するか、
  自分で掲示板作成プログラムを設置する。

3.この指とまれ!(略称:ゆびとま):
http://www.yubitoma.or.jp/
 インターネット上で同窓会をやってみよう、という目標を持ってスタート
 した、コミュニティサイト。よくテレビ番組で紹介されているので、
 すでにご存じの方も多いと思う。

4.iモード(NTTドコモ関西版):
http://www.nttdocomo.co.jp/service/imode/
 もはや説明不要?

→システムがパンクしてしまった:
 iモードサービス開始当時は、情報を受け渡しするサーバの許容量
 よりも使う人の数が多くてうまくつながらなかったりした。
 僕はいまだに? PHS ユーザなので、実際の使いごこちとかはよくわかりません。

5.ゲームボーイアドバンス:
http://www.nintendo.co.jp/n08/hardware/gba/index.html
 2001年3月に発売された、「次の」ゲームボーイ。今までのゲームボーイ
 ソフトも使えるぜ!
 さらに2003年2月には、ゲームボーイアドバンスSPという本体が登場。
http://www.nintendo.co.jp/n08/hardware/gbasp/index.html


※このコラムは、2000年4月に書いたものです。2003年6月・2013年1月に、URLなどの情報を再調査して改稿しました。
 2000年時点の情報をもとにして書いているため、現在の利用環境と異なります。
タグ:2000
posted by なみかわ at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | D←→A 2nd Edition